No.021

UPDATE2015/6/1

ポジション

2014年4月、新卒入社を機に青森から上京してきた寺口徳一。エンジニアらしいマイペースな性格ながら、その一方で実は周囲をよく見る一面も。そんな彼が、自分の「ポジション」について思うこととは?

ソロ

生まれ育った青森県黒石市沖浦は、最寄りのコンビニまで車で20分かかる田舎でした。小学校も中学校も、同級生はいなくて、自分一人。普通の学校とは違う部分も多かったかと思います。学年を越えて一緒に遊んだりはしていましたが、ずっと同じメンバー、それも少人数だから、できることには限りがあって正直飽きもしていました。全校生徒が集まっても野球の試合もできませんでしたから。

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そんな環境だったので、中学を卒業して高校に行くのは楽しみでした。高校時代は弘前市で働く姉と二人暮らしだったのですが、親元を離れる不安はなくて、同級生ができることへの期待が大きかったですね。地元では高校から実家を出るのは普通のことでしたから。姉と暮らしたのも、たまたま姉が行きたい高校の近くに暮らしていたからで、一人暮らしをするとしても同じ選択をしたと思います。

高校を選んだ理由は、都会に出てみたかったのと、医療系職種に進むために進学校に入りたかったから。当時流行っていた『ブラックジャックによろしく』とか『医龍』、『Dr.コトー診療所』のような医療漫画原作のドラマに憧れていたんです。受験のときは苦労しましたね。同級生がいないから、テストで誰かと競い合うことなんてほとんどなかったし、受験生同士で励まし合うこともなくて。先生はもちろん助けてくれましたが、孤独な戦いではありました。そのせいか、前期日程は不合格で、後期日程でギリギリ受かったんです。

グループ

高校では、同級生が240人。中学まで自分1人だけだったのが、一気に大勢の同級生に囲まれる生活になったわけです。集団の中で、自分をどこまで出すのかのバランスを考えるようになり、難しさも感じはしたのですが、出会う友人に恵まれて楽しい日々を送れました。田舎育ちも、“変”と疎まれるのではなくて、“おもしろい”と言ってもらえて。集団のなかに入っても、他人と競わず育ったバックグラウンドのせいか、人に合わせようという感覚は薄めでした。誰かと衝突するほど強く主張したりはしませんでしたが、自分の考えは自分の考えとして持っているほうでしたね。その分、周りの友達にも自分の考えや個性を出してほしくて、なるべく引き出せるような接し方をしていました。

楽しみだった同級生ができたことは、思っていた以上に嬉しかったのですが、高校に入った理由の1つである医療系職種に就くという目標は、進路を考えるタイミングで諦めてしまいました。単純に、成績が足りなくて医療系学部は厳しかったんです。そこで改めて自分にできそうなことを考えて思い至ったのが、工学部の電子系の学科。数学が得意だったのと、父の影響で機械を触るのが好きだったので。

大学ではプログラミングを中心に勉強したのですが、周りの優秀な人との差を感じていたときに、自分でもやっていけそうだと感じたのがWEBでした。つくったものが目に見えること、すぐ動かせることに楽しさを感じたんです。就職活動でも、WEBを軸に広告や動画の業界を目指しました。

チーム

そんなこんなでプラスディーに入社したのですが、実は入社前まで同期がいることを知らなくて。もともと、エンジニアとして自分のスキルが社会人として即戦力になるとは思っていなくて不安だったのですが、同期の存在にさらに焦りましたね。というのも、同期は職種が違ってデザイナー。入社してそれほど経たないうちからクライアント向けにロゴの提案をしたり、バナーなんかは納品物もつくっていて。会社という組織、チームのなかでの自分のポジションが分からなかったんです。

1年経って、入社当初よりはできることが増えました。任せてもらえるタスクの量や内容も変わってきています。でもやっぱりまだ、自分のポジションはコレだと胸を張るには至っていません。中学や高校の頃にもいくつか夢を挫折しましたが、もっと小さい頃も含めると、レスキュー隊員や建築家になりたい時期もありました。どうしていくつも夢が変えたかというと、自分にその適正があるのか、他人と比べてバリューを出せるのかということを、シビアに見ていたからです。今も同じで。仕事上でポジションを築くには、「この人じゃないとできない」という武器が必要だと思っていて、先輩たちと比べたときに自分にはその武器がまだありません。焦りはありますが、技術者として本当に武器になるスキルを手に入れるには、長い目で成長を考えなければいけないと思っているので、今は特定のスキルに偏らずフラットに学ぶつもりです。

でも1点、スキルではないのですが、自分のポジションだなと思えることができました。自分と同年代のメンバーと話すことです。なかなか上の世代や、確固たるスキルを持った人には話しにくいかもしれないことも、同じ目線の僕になら話しやすいかもしれないので。ちょっと意識しながらコミュニケーションしてるんです。最近。

「入社当時は、社会人としての人との距離の取り方を考えすぎていた」という寺口。そんな距離が徐々に縮まり、自分の考えを出しやすくなってきているであろうことは、笑顔が増えた表情からも見て取れる。実は人好きな彼が、もっともっとパーソナリティーを発揮し、自分だけの「ポジション」を築いてほしい。

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Yoko Umegaki
同じタイミングでプラスディーにジョインした寺口さん。 当初は、寡黙なエンジニアタイプなのかなと思いつつも、 時折差し色の効いたシャツだったり、かわいいスニーカーだったりを身につけていて、こっそり注目していました。 野球やアニメ、音楽など、多岐にわたる引き出しを持っていて、好奇心旺盛。 最近では、興味のあることやわからないことがあると、うまく周りの人を巻き込んでいて、コミュニケーション上手な一面も覗かせています。 いつかデザインもやってみたい!という彼の存在に戦々恐々としながらも、どんなデザインをするのかなと今から楽しみにしています!
Kota Takahashi
新卒として同期入社した寺口くんは、「寡黙で・尖っていて・対人が嫌い?」というのがちょうど一年前の彼への印象です。「てらっち」と呼んでみたら、その呼び方やめてもらえますかと本気で断られたこともいい想い出です 笑 今では積極的にコミュニケーションをとって能動的に動く彼の姿が同期として、とても頼もしいです。各方面から舞い込むタスクを、何事も無かったかのように、華麗にこなしていく寺口無双を極めていってほしいです。

寺口徳一の+D ― DO-NICHI JU-JITSU (土日充) ―

多趣味な寺口。アーティストのライブに名阪まで駆けつけたり、巨人軍の試合を月1ペースで観戦したり、流行りのクレンジングジュースを試してみたり……。土日になるとFacebookに充実の投稿が舞う。

No.021

Norikazu Teraguchi

大学卒業まで地元青森で過ごし、自分を試したいと思い就職を機に上京。大学ではWebブラウザ上での3DCG表現を研究。人が見てワクワクするようなものを作れるようになりたいと思い、2014年プラスディーに入社。実家はホウレンソウ農家。

PHOTO by Naoki Umeda : INTERVIEW by Yasuhiro Tanaka : BUILDING by Norikazu Teraguchi : PLANNING by Kota Takahashi : EDITING / PLANNING by Kiyotsugu Fujiwara