No.018

UPDATE2015/3/2

ストーリーを描いて、未来へ進んでいく。

プラスディーでは“フロントエンドエンジニア”という肩書きで業務をこなす傍ら、2014年にはmy JapanアワードというCMの映像コンペで賞を獲得した北海道出身の栗林拓海。マルチな領域で活躍する彼が思い描く人生のストーリーとは?

プロローグ:僕のストーリー。

映像に興味を持ち始めたのは高校生のとき。
入部した放送部で、先輩たちがドラマを作っているのを見て楽しそうだなあ、と思ったのがきっかけでした。丁度その頃から小説を読むことが多くなり、見よう見真似で脚本を書くようになった。そしてNHK杯全国高校放送コンテンストに参加するためのドラマを自分で作るようになり、映像制作や物語を作ることの面白さに段々と目覚めていきました。

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小さい頃から図画工作の授業が得意で、もの作りに関わることが好きだったのですが、絵を描くのは苦手だったんですよね。そんな自分にとって、絵を使わずに頭の中のイメージを表現出来る映像や文章という、もの作りの手法がぴったりとハマったのかもしれません。

大学入学後も、映画制作のボランティアスタッフへの参加、映像制作のワークショップへの参加など積極的に活動を行いました。しかし、実際に現場の方々のお話を聞き、その労働環境に衝撃を受けたんです。僕は「好きなことさえ出来れば生活水準は度外視できる芸術家タイプ」ではないという自覚はあったので、もっとワークライフバランスを自分で整えられる業界で働きたいと思い、映像業界への就職はやめました。

映像制作はプライベートワークで続けられれば良いかなと。そんな道を選んでも、おそらく自分は楽しい人生を送れるだろうと考えていたのも理由のひとつです。

それでも、もの作りに関わっていく道には進みたいという想いがあり、思い浮かんだのがWEB業界でした。大学では、映像ほど本腰を入れて取り組んでいたわけではなかったですが、人からお金を頂いてサイトを制作するくらいのスキルは身に付けていた。その経験を活かして就職活動を始め、東京のテレビ局関連のサイト制作会社へ就職を決めました。ハードではない就業スタイルも自分に合っていると思いましたし、映像に少しでも関連性のある業務内容だったのが興味を惹かれたポイントでもあります。

今振り返ってみると、文章に関わりのある出版系という道を選択してもおかしくなかったのですが、おそらく今まで自分が経験してきたことと繋がりのある道へ進みたかったのだと思います。

モノローグ:僕と妻のストーリー。

落ち着いて働きたいという安定思考に対し、「どうして若い時からそんな安全な道を選ぼうとするの?」と、不思議に思われることも多いですが、その理由としては、妻の存在がとても大きいと思っています。高校の時から付き合っていて、大学を卒業する頃には結婚を意識しはじめた。そして自分の働くスタイルについても気にするようになったのですよね。

どんな状況の中でも、自分の大切な人を支えられる収入と環境を得る為にはどうすればいいのかと。そう思ったときに、WEBがいいなあと思いました。

これなら、会社が倒産したりリストラされたりしても、WEBのスキルとパソコン一台で、なんとか食い扶持をつないでいくことが出来る。だから、社会人の初めの数年は会社で経験を積んでスキルを身につけたうえで、やりたいことにチャレンジしようと考えたのです。

WEB業界を選んだのは、そんな打算的な理由もありつつでしたが、強い魅力も感じていたのも事実。映像や物語を絡めたコンテンツを作るチャンスもあるはずと考えていました。

もしも妻の存在がなかったら、僕は違う人生のストーリーを歩んでいたかもしれませんね。身の振り方や考え方も変わっていたと思いますが、今はとても幸せなので、特に自分の選んだ道に後悔はないです(笑)。

前職の仕事内容としては、ドラマやバラエティの番組放映にあわせて公式サイトを制作するといった内容のもの。終電まで働くこともしばしばありましたが、福利厚生や休暇取得などの就業規則がきちんとしていたので、働きやすかったです。

2013年には現在の妻と入籍。翌年には結婚式を挙げ、ハネムーン旅行にも行き、人生のなかで時間のかかりそうなことはほとんどやり終えたぞ!といったところで社会人生活3年が経過。

新しいステップを踏み出したいと思い、もともと興味のあった映像系と今の経験を活かせるWEB系とでマルチに関われる会社を探していたところ、プラスディーを見つけました。

モノローグ:ストーリーはまだまだ続く。

プラスディーでは、フロントエンドエンジニアとして働く傍ら、企画会議に参加してアイディア出しを行ったり、映像コンテを描いたりなど、前職では出来なかった業務に携われるのがすごく楽しいですね。

本職のフロントエンド職としてやりがいを感じるのは、目に見える動きのものをコーディングしたり、ロジックから考えて作業したりするとき。

LEGOの組み立てや、パズルなど、物語の構成を考えてピースをはめていくような作業が自分には合っていると思うんですよ。企画や映像を考える時もそれは一緒。アイディア一発勝負的なものよりもストーリー性のあるものを考えたい。

自分の得意なフロントエンド・企画のスキルを掛け合わせたら何が出来るだろう?と、WEB×物語が融合するような表現方法を模索している最中です。

そんな風に自分で生み出したアイディアを実現する為に、ディレクターのような働きをするのも苦ではないと思っています。学生時代は、自主制作で映画を作ったり、学祭の実行委員を務めたり、プロジェクトの発起人としてチームを引っ張っていくことが多かったので、会社でもそういった立場になっても、抵抗なく出来ると思います。ただ、他にまとめてくれる人がいて、僕は自分の領分をきっちりとこなすという作業分担が出来るのが一番理想的ですが(笑)。

今後は自分の描いたストーリーを実現出来るよう、自分に足りないスキルを、人に教えられるレベルまで成長していけるよう頑張っていきたいです。

入社当初はデザイナーと勘違いされ、フロントエンド以外の業務を任されていたこともあったと笑顔で語る栗林。自分の職域に囚われず映像分野などの業務をこなす彼の仕事への思いと、人生のストーリー軸を支える妻への愛情を垣間見た。

メンバーからのメッセージは、愛妻家仲間のプロデューサー牧野と、栗林と同じ職種として働くフロントエンドエンジニア板倉から。

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Ko-taro Makino
見た目は小柄でやさしそうな雰囲気。最初はその見た目にだまされました。企画書のアイデアは面白いわ、新しい撮影手法の映像に目を輝かせているわ…。内に秘めた好奇心と、作るのが好き!というのが素直に伝わってきて心地よいです(笑)。時に達観した言葉を放ちながら、子どものようにクリエイティブを追い求めるその素直さはそのままに、次はぜひそれをチームや他のメンバーに展開して、PlusDの成長スピードを引っ張っていってください。
Yui Itakura
くりりんは同じフロントエンドエンジニアですが、私とは興味の対象が違います。なのでお互い補い合って仕事ができたらいいねと時折話します(ちなみにくりりんはアニメーションなどの見せ方、 私は裏側の仕組みの方に興味があります)。会話のキャッチボールのスムーズさにいつも驚かされま す。ボールのスピードが違って見えているに違いありません。くりりんは同じフロントエンド(以下略)ですが、私のタスクがやばい時深夜作業も自ら引き受けてくれようとしたことを覚えています。

栗林拓海の+D。 +DENKOSEKKA(電光石火)

愛する妻との時間を何より大切にする栗林。定時退社・ノー残業を目指し、仕事は電光石火のごとくスピーディーに、効率的にこなす。

No.018

Takumi Kuribayashi

北海道出身。札幌の大学を卒業後、マスメディア系のWEB制作・運営を行う会社に入社し、デザインからマークアップ、運営に携わる。デジタル以外の映像領域など幅広い経験を積みたいと考え、2014年プラスディーに入社。

PHOTO by Naoki Umeda : INTERVIEW by Sayaka Horii・Yasuhiro Tanaka : ILLUSTRATED by yamana images(Ryo Yamanaka) : BUILDING / PLANNING by Takumi Nariai : EDITING / PLANNING by Kiyotsugu Fujiwara