No.031

UPDATE2016/5/2

目の前のこと

WEBの世界に入ったのは2000年代初頭と、大ベテランともいえる経験を持つ竹内直己。しかし彼自身は、その抱負や経験は偶然の産物だと言う。行き当たりバッタリ。そんな言葉で語られた、彼のこれまでの歩みとは?

先のことなんて、考えていなかった

これまでに経験してきた仕事の幅は、たぶん社内でも一番広いんじゃないかと思います。自分で振り返っても、なかなか思い出すのが難しいくらい(笑)。
最初に働きはじめたのは、自動車会社の工場作業員として。高校を出てすぐだったので、18歳だったのかな。親との折り合いがあまり良くなくて、とにかく早く家を出たくって。親は大学に行くものだと思っていたようですが、働くことを選びました。仕事選びの基準がなかったので、資格無しでも雇ってもらえる仕事のなかで、一番給料が良いところにしました。当時は自動車業界の景気が良くて、高卒1年目の僕でも1年で100万円くらい貯められたんです。早々に工場勤務を切り上げて、貯めたお金でメイクアップの専門学校に入りました。今の僕しか知らない人には意外でしょうね。なんとなくクリエイティブなことがしたかったのと、映画の特殊メイクに興味があったんです。ただ、特殊メイクの業界で食っていくのは難しいよという先生のアドバイスに素直にしたがって、講師として来ていたショーメイクのアーティストさんの下でアシスタントとして働き始めました。デパートの女性客相手に化粧実演をしていましたね。

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ほかにも何度も転職を重ねました。自動車工場、ヘアメイクのあとは、映像の特殊効果、電子機器メーカー、システム開発……。その後ようやくWEB制作に出会い、そこからはずっとWEB畑で働いていますが、自分で振り返ってみてもバラバラの経歴だと思います。なりたい自分とか、将来像なんかをまじめに考えたことはないのでそりゃそうなりますよね。ただ、目先のやりたいこととか、なんとなくの不安とかには自分なりに敏感に反応して来れたのかなとは思います。

順序なんて、バラバラだった

そんなこんなで積み上げた異業種の職歴ですが、実はWEB業界に入ってから役に立つことも多かったんです。たとえば、映像の特殊効果をつくっていた会社では、モーションコントロールのプログラムを書いたりすることもあったので、PCに興味を持つタイミングはけっこう早かったと思います。Win95とかがもてはやされ出すよりも前に、すでにMacを使っていましたし、インターネットにも普及初期から触れていました。そうそう、あいだで1年くらいコンビニのアルバイト店員をしていた時期があるのですが、そのときにバイト仲間の美大生の女の子に当時まだまだ高価だったPhotoshopを触らせてもらったりもしましたね。何より、一番役に立ったのはシステム開発会社にいたころの、データベースの設計をした経験です。おかげで裏側の仕組みまで考えたうえでのWEBの企画は、今でも得意分野です。

ただ、いま思うとスキルを習得する順番はむちゃくちゃだったなとは思いますね。業務上必要なことから順に学んでいったので。まずデータベースを組めるようになって、そこからSQL、さらに後でPHPやJSPを学ぶという感じでした。非エンジニアの方にはピンと来にくいかもしれませんが、普通に勉強する順番とはほとんど真逆なんですよ。体系的に学べばもっと少ない労力で身に付けられたのになと思わなくもありません。でも逆に、将来必要になりそうなことを最短距離で効率良く勉強していたら身に付かなかっただろうスキルや知識もあるので、それはそれで必要な労力だったのかなとも思います。若いなりの無鉄砲さというか、四の五の言わずに手を動かすというか。そういうのが好きなんですよね。

計算なんて、しなくていい

一度WEB業界に入ってからは、ここが自分の領域だなという感覚がありました。それまで身に付けてきたバラバラのスキルが綺麗にはまった感じがして。プラスディーの前は2つの制作会社で働きましたが、そのときの縁やら環境やらで動きはしたものの、WEBから離れようという気はまったくなかったですね。

プラスディーに入ったのもいろんな縁が重なってのことでした。前の会社にいたころに一緒に仕事をしたことがあったり、前職をやめてフリーランスで活動しているときにプラスディーのつくったサイトの運用を任されそうになったことがあったり……。縁があるのかなと思って、応募してみたんです。若い人ばかりの会社というイメージだったので、自分みたいなおじさんで大丈夫かななんて不安になりながら(笑) 入社してみて、ほかにもおじさんが何人かいたので少しほっとしたのを覚えています。

働いていて思うのは、若い人が多いくせに、妙に地に足着いた感があるなあということ。無駄打ちせずに効率よく進めるというのは生産性が上がっていいのですが、僕みたいに目先のことに集中してやってきた人間にはちょっと物足りなさがあります。もう少し馬鹿やってもいいのにって思うんです。お客さんから頼まれてもないことを、ボツになるかもしれないのを覚悟で試しにつくっちゃうとか。そういうことをしていると、実際その提案がいいか悪いかは別として姿勢を評価してもらえるし、自分自身の勉強になったりもするので。余裕がないとなかなかそういうチャレンジもしづらいんですけどね。いちいちリスクを計算せずに、安心して冒険できるようなワークフローの工夫も必要だなと思ってます。

異色の経歴を振り返るなかで見えた、竹内直己の仕事観。“目の前のことに全力でチャレンジする”という姿勢は、“目標を持ち、そこから逆算する”、“自分を分析する”といった、昨今の自己啓発や就活テクニックと逆行しながらも、仕事の本質の1つであるように感じられた。

メンバーからのメッセージは同年代のディレクター飛嶋と、案件をともにすることが多いアソシエイトデザイナー伊藤から。

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Tsutomu Tobishima
若いメンバーが集まるプラスディーにメガロンさんが参加してくれたときは、同世代の仲間が増えて心の中でガッツポーズをしたものです。豊富な知見と優れたエンジニアスキルを、提案や成果物に活かしていくアグレッシブさも心強い限りです。職場から離れたときのアグレッシブなエピソードは、オフィシャルに公表できる内容が少ないのでまたの機会に・・・。


Kento Ito
新卒で入社して、初めてアサインされた案件のディレクターがメガロンさんでした。常にいくつものパターンを考えており、ゴールに向かうまでのスピード感やチャレンジをして提案していくところなどご一緒させて頂いてたくさんのことを学ぶことが出来ました。がっつりとコーディングをして動きをつけているときのメガロンさんのキラキラした顔がとても印象的です。


竹内直己の+D ― Deep(ディープな世界) ―

場末の飲み屋が大好き、アングラ感のある場所の方が落ち着くという竹内直己。新宿は彼の庭。今日もどこかでグラスを傾ける。

No.031

Naoki Takeuchi

2000年代初頭よりWEB制作の世界に飛び込み、デザイン、コーディング等を経験。システム連携コンテンツを得意とし、会員サイト、ECサイトの構築・運用を経験。自らスクリプトを書くディレクターとして経験は10余年。眼鏡でロン毛という特徴から、「メガロンさん」という愛称で親しまれている。

PHOTO by Kento Ito Naoki Umeda : INTERVIEW by Yasuhiro Tanaka : BUILDING by Daon Kim : PLANNING by Kento Ito : EDITING by Kiyotsugu Fujiwara